本日は俺の父親の命日というコトで、府中試験所の目の前にある多磨霊園に行ってきました。
本当は愛車の青いKawasaki(逆車です)で、“ペナルティーのワッキーの芝刈り機”なみに「ブィ〜ン!」とかっ飛ばして府中へと行きたかったが、今日はお天気がよろしくなかったので、泣く泣く車で移動。
俺の父親は今からちょうど20年前、俺が11才の時に病気でこの“面白き事もなき世”を他界。
その時父親は確か53歳だったと思うが、昭和一ケタ生まれの父親は、仕事で毎日忙しく過ごしていた人らしく、6人兄弟の末っ子だった俺は残念なコトに父親との思い出が殆ど無くて、記憶力の悪い俺はかろうじて一緒に写っている写真を見ることによって、何とかその印象を思い出せるのが実際のところでした。
当時11才だった俺は、父親が病気によって衰えていく姿をずっと悔しい思いで見ていたので、その病気発覚から1年以上も苦しい闘病生活を続けている父親が新宿の病院で亡くなったコトを、留守番で「百万円クイズハンター」を見ている俺が兄からの電話で聞いたトキ、不思議と“悲しい”というよりも、「生命維の機械から開放されて、これでっやっと楽になれたのではないか?」といった気持ちの方が先だった気がします。
コレは多分、父親が検査によって病気が発覚した時には末期的な状況だったにも関わらず、医者のいうコトロの「驚異的な精神力」で一年以上も頑張ってくれて、いつの日か“その時”が来た時に俺たちが前後不覚にならない様に、残される俺たちが“覚悟”が出来るように、頑張って時間を稼いでくれていたのではないかと、当時の俺は子供ながらに思っていました。
確か当時覚えているのは、お葬式が終わった時に「これでもう親には甘えることは出来ないな」と“覚悟”をしたのを覚えています。
でも、あんまり父親との思い出は無くても、逆に「父親」=「男の在り方」というモノを勝手に想像し、自分の中ではいつまでも越えられない遥かなる存在として俺の中に在り続けているので、そのタメ俺は“男”として質実剛健に、いつまでも気を抜くことが出来ないでいるのを、それはそれで良い事だと思っています。
しかし実際は本当に全然ダメで、父親の足元にも及ばない状態なのが現実だと思っています。
とりあえずは、俺が53歳になるまでが父親との競争のリミットだと、勝手に思っています。
今日のブログは本当は、昨日の第二回『成瀬☆教室』の模様を写真で紹介し、裏話を書こうと思っていましたが、ついついキーを打つ“指が進んでしまい”父親のことを書いてしまいましたので、明日以降に昨日の第二回『成瀬☆教室』の裏話とかを紹介したいと思っています。
……(多分)
以上!
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SPIRIT R NARUSE MASAYUKI FIGHT OR DIE!
http://www.m-naru.com/
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俺の父親は今からちょうど20年前、俺が11才の時に病気でこの“面白き事もなき世”を他界。
その時父親は確か53歳だったと思うが、昭和一ケタ生まれの父親は、仕事で毎日忙しく過ごしていた人らしく、6人兄弟の末っ子だった俺は残念なコトに父親との思い出が殆ど無くて、記憶力の悪い俺はかろうじて一緒に写っている写真を見ることによって、何とかその印象を思い出せるのが実際のところでした。
当時11才だった俺は、父親が病気によって衰えていく姿をずっと悔しい思いで見ていたので、その病気発覚から1年以上も苦しい闘病生活を続けている父親が新宿の病院で亡くなったコトを、留守番で「百万円クイズハンター」を見ている俺が兄からの電話で聞いたトキ、不思議と“悲しい”というよりも、「生命維の機械から開放されて、これでっやっと楽になれたのではないか?」といった気持ちの方が先だった気がします。
コレは多分、父親が検査によって病気が発覚した時には末期的な状況だったにも関わらず、医者のいうコトロの「驚異的な精神力」で一年以上も頑張ってくれて、いつの日か“その時”が来た時に俺たちが前後不覚にならない様に、残される俺たちが“覚悟”が出来るように、頑張って時間を稼いでくれていたのではないかと、当時の俺は子供ながらに思っていました。
確か当時覚えているのは、お葬式が終わった時に「これでもう親には甘えることは出来ないな」と“覚悟”をしたのを覚えています。
でも、あんまり父親との思い出は無くても、逆に「父親」=「男の在り方」というモノを勝手に想像し、自分の中ではいつまでも越えられない遥かなる存在として俺の中に在り続けているので、そのタメ俺は“男”として質実剛健に、いつまでも気を抜くことが出来ないでいるのを、それはそれで良い事だと思っています。
しかし実際は本当に全然ダメで、父親の足元にも及ばない状態なのが現実だと思っています。
とりあえずは、俺が53歳になるまでが父親との競争のリミットだと、勝手に思っています。
今日のブログは本当は、昨日の第二回『成瀬☆教室』の模様を写真で紹介し、裏話を書こうと思っていましたが、ついついキーを打つ“指が進んでしまい”父親のことを書いてしまいましたので、明日以降に昨日の第二回『成瀬☆教室』の裏話とかを紹介したいと思っています。
……(多分)
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