昨日はAM8:30ピッタリにバスに乗り込んで、ぎりぎり罰金セーフだった成瀬です。未だに罰金は払った事はありません。

昨日は開幕3連戦と豊橋大会日帰りの移動の疲れとで、自宅へ帰るとあっという間に爆睡してしまってました。
そんでもって今日は今シリーズ最初のOFF日、特にまあコレといってブログに書く事がなかったので、今日のブログは先日何かと物議を呼んで話題となった「11・13大阪ドーム大会」の裏リポートを公開したいと思っています。


◆『大阪ドーム騒動』

13日の大阪ドーム大会では、自分の試合の事はひとまず置いといて、予想していた通りの“タダでは済まない”波乱の内容とあいなりました。

俺が大会前12日のブログで危惧していた“タダでは済みそうもない”と思っていたのはセミの試合。

セミの試合には、当初マッチメークされていたカードを急遽変更して、新日本とはまったく違った思想を持つ「ハッスル」のエース小川直也が緊急参戦する事が決定していた。

その一報を10日の合同練習時に聞いた時、真壁リーダーと共に俺は、「小川直也は試合結果に関係なく、ウチのリングの上、もしくは花道などで“ハッスルのポーズ”を行おうと企んでいるに違いない」と懸念していたのだが、その日道場に来ていた各スポーツ紙の記者達に聞いてみると、やはり小川はマスコミを通じてウチの会場での“ハッスルのポーズ”を決行する事を予告している事が判明した。

俺はその時、直感的にあのポーズをウチの会場でやらせては絶対にダメだし、もしやられてしまったら新日本プロレスの存在はこのマット界から消滅してしまうのではないかという危機感に迫られた。

大げさに聞こえるかもしれないが、俺は本当に新日本存亡の危機がすぐ目の前に迫っていると思ったし、当日はどんな手段を使ってでも、俺達は絶対にあのポーズだけは阻止しなければならないと強く心に思ったのだが、しかし今回のこの小川直也参戦を決めたのは、他ならぬ新日本プロレス・創始者であられるアントニオ・猪木さんだった。

しかも大会前日のスポーツ紙には、小川直也が会見で大胆にも「猪木さんにも一緒に“ハッスルのポーズ”をやって貰う」と宣言をしており、その会見に一緒に出席されていた猪木さんも「“ハッスルのポーズ”に対してまんざらでもなかったようだ」という記事も載っており、それらマスコミの記事を見た新日本本隊の選手達は猪木さんの真意が分からない様子で、一様に戸惑いや疑念の表情を見せており、この事態にどのように対処して良いか分からない様子でした。

しかし、俺はここ二ヶ月間で北朝鮮・ブラジルと、幸運にも猪木さんのそば近くでプロレスの事や、猪木さんの新日本プロレスに対する考え方を直接聞くことが出来、その時どきに俺も色々な事を質問し、猪木さんからも「ハプニングやアクシデントをどのように乗り切るかで、プロとしての値打ちは決まるものだよ」と言われていたので、今回の急な小川直也の緊急参戦は、猪木さん流の自分達に対する“試練”というか、「新日本プロレスのリング上で、しかも自分達の目の前であのポーズをやらせてもイイのか?おぃっ!」と自分達を試しているのであろうと俺は直感的に理解したので、これは本当に当日は何が何でもあのポーズをやらせてはならないし、それでもヤツラはあのポーズを新日の会場でやる事を前提に乗り込んで来ると思われるので、もしそうなったら力ずくでも阻止しなければならないと覚悟をしました。

そんな混乱の中で迎えた大会当日。

前日からイベントの為選手全員大阪入りしており、大阪のホテルにて大会当日を向かえたのだが、実はセミの事を考えると、あの何年か前の「小川vs橋本戦」の時の様なとんでもない事になるのではないかと一人興奮して頭に血が上ってしまい、また言え様も無いワクワクした感情もあいまって、前日の夜は殆ど眠れないまま大会の日を迎えてしまっていました。

そんな異常な興奮と血走った緊張感のまま会場に到着し、初めての大阪ドームの控え室に到着すると、他の選手達はなんだかそっけないというか落ち着いた感じでいつもと同じというか、まわりを見渡しても“血沸き肉躍る”といった危ないハイテンションでいるのは俺一人で、選手の中には「猪木さんが小川を呼んだのだから、ハッスルはやらしても良いのではないか」とか、「小川と共に猪木さんもあのポーズを一緒にやるという報道もあるし、邪魔してはいけないのではないか?」という興醒めな意見もあり、殆どの選手がこの日の緊急事態に敏感に何にも気付いていない様子に思えました。

この日のために、不測の事態に備えてファールカップまで用意してきた俺にとっては、この平和ボケした雰囲気には正直言って拍子抜けを通り越して、少々がっかりしたというか、こんなんじゃあ新日本プロレスも本当に終わりなんじゃないかと思ってしまったが、それでも当初からこの事態に危うさを感じて、断固あのポーズを阻止しようと呼応してくれていた真壁リーダーや酒乃介と共に(酒乃介はこの日対戦相手だった為、違う控え室だったが試合後に合流)、不足の自体に備えて足元をスニーカーからレスリングシューズに履き替え、手首と指をテーピングで固め、俺はファールカップを装着し、他の選手達に緊急事態に備えるようにと啓蒙して回りました。

俺は当初から今回のハッスル騒動に対して、猪木さんの意図は別として、今回の事はお互いに相容れない思想同士のぶつかり合いだと感じ、“歴史オタク”と言われる俺としては、ハッスルを阻止するためには乱闘も辞さない決意で踏み込む自分達の事を、まるで池田屋に踏み込む新撰組のようだと思って、勝手に一人興奮していました。

今回の騒動を歴史的にに有名な「池田屋騒動」と考えるのであれば、騒動が起こる前にそれなりに相手方の陣容も把握しておかなければ、いざというときの判断に影響すると思い、俺は新撰組の監察よろしく、あちこちに密偵とまではいかないが、情報を収集するために様々な手を打つことにした。

先ずはDSE側の当日の会場入りメンバーである。
俺が先ず考えたのが、小川直也が何が何でもウチのリングであのハッスルのポーズをやろうと思っているのであれば、当の小川もウチの選手が何らかのカタチで阻止しに来る事を警戒するだろうし、そうなった場合あの「小川vs橋本」の時の様な血なまぐさい事になるのを警戒して、それなりに人数を用意してくるのではないかという事から、俺は会場担当のスタッフの所に行って、小川サイドは何人ぐらいの手勢で会場入りしてくるかを逐一報告してもらうようにお願いした。

またそれとは別に、若手達と会場スタッフにはセミが近づくにつれて、不審な者がバックステージや会場、リングサイドに近づいていないか注意するように指示し、不測の事態にそなえて万全の体制を整える事にしました。

そして大会は何事も無かったかのように1試合ずつ進んで行き、その間にも俺は、何か変わった情報は無いか控え室にて情報が入って来るのを待っていたが、大会が一旦休憩に入り新しい情報が入りそうもなかったので、俺は自分の試合で酒乃介の下駄攻撃で突き指した右手を冷やすために、トレーナーが待機している医務室へと氷袋を貰いに行って見ると、そこにはトレーナーに治療をしてもらっている猪木さんの姿がありました。

猪木さんはうつぶせで治療を受けておられて、俺は治療中に挨拶をして邪魔をするのも良くないと思い、一人医務室奥のカーテンで仕切られているスペースに入り、伊藤トレーナーに突き指した所をチェックして貰っていると、そこで思いもかけないとんでもない事が起きたのでした。

それは休憩が終わり、第六試合の《天龍vs柴田戦》の最中の事。
俺は伊藤トレーナーに突き指した箇所を診察して貰っていると、カーテン越しに医務室のドアが開く音がして、誰かしらが入ってきた気配がしました。

するとその気配の主は唐突に、「お疲れ様です会長!今日の試合“コレ”やりますんで、宜しくお願いします!」その声の主に俺は一気に緊張感が高まった。
そう、その声の主は紛れも無くあの小川直也だった。
そして小川にそう声をかけられた猪木さんは、どうやらうつ伏せのまま「お〜ぅ」とだけ答えたように聞こえた。

俺は「すわっ小川め!ぬかったな!一番聞かれてはまずいヤツに聞かれてしまったようだな!」と思い、俺はしばらくしてから医務室をそっと出て本隊の控え室へと戻り、先ほどの仰天情報を真壁リーダーと共に検討した。
そして医務室にいて、小川の姿を目撃した他のトレーナーを呼び出し、小川が猪木さんに対して「コレやりますから!」と声を掛けたとき、間違いなくあの“ハッスルのポーズ”をやっていたかを聞くと、どうやら100%間違いなくあのポーズをやっていたらしかったので、そこで一同緊張感が一気に増した状態になりました。

そして第七試合も終わり、セミ前の試合になったあたりで、最終的な作戦会議が行われた。

ここで言っておくが、俺はやや血走って先走っていた感があったが、あくまでも俺達のプライオリティーとしては今回の小川直也の“ハッスルのポーズ”に対して、先ずは徹底的に断固阻止というのが一番。
そして、もし小川サイドがあくまでも強硬に“ハッスルのポーズ”をやるというならば、そこは俺達も強行な手段を使ってでも絶対に阻止をしなければならない。
そしてもし、本当に猪木さんがリングに上がって小川と共にあのポーズをやろうとしたならば、俺達はたとえ相手が猪木さんでも、全員で猪木さんの前に人柱となって立ちふさがり、殴られようがなにされようが、何が何でもリングに上げさせてはならないと、俺や真壁リーダー、そして永田さんも一緒になって俺達の意見に同調してくれました。
それから、俺達はあの「小川vs橋本」の時の様な、観客無視での多数対少数の虚しくてみっともない乱闘だけは、客の前では絶対にやってはならぬと思い、ギリギリの張り詰めた緊張感で事態に臨まなければならないという事を確認しました。

しかし、もし本当に相手が我々に対して、相当の手段を用いてきたら、俺達もそれ相応の手段で対応しなければならない事は覚悟していました。

その様な異常な状態の中でセミの試合は開始されたが、頼もしい事にリングサイドには本隊の選手達がほぼ勢ぞろいの格好となり、事の成り行きをみんなで見守るカタチとなった。

そして結果はもう皆さんのTV・マスコミでご存知の通りで、俺達は何とか試合後のあのポーズを阻止する事が出来ました。

猪木さんも、俺の予想通り小川にリング上から呼び込まれても現れなかったし、そして無意味な血も流す事がなかった。

今回の俺達の行動に関して、様々なファンの方、マスコミの方々のご意見は沢山あるとは思いますが、俺は自分がした行動にはまったくと言っていいほど、いや、100%自信も持って間違っていなかったと思っています。

それと、今回の事で、カラダを張ってあのポーズを阻止した事で、本当に新日本の看板を守ることが出来たと思っているし、この気持ちは、去年年末のノルキアに勝った時よりも強くて、これでなんだか外様ながら2002年に新日本に入団をしてから、初めてやっと新日本の一員になれたような気がしました。

今後も、新日本のリングでは本当に思いもよらないような様々な
ハプニングや事件が勃発すると思いますが、それでも俺は自分自身の腕っぷしに自信があるし、今回のように皆の結束があればどんな事があろうとも後れを取る事はないのではないかと思っています。

そして今回の騒動から学ぶ猪木さんからのメッセージをよく受け止め、いつでもスイッチを入れられる緊張感を持って、プロレスに臨まなければならないと肝にめいじました。

そして最後に、コレは俺の独自の考えだが、事変後小川直也は大阪ドームの事に関してあーだこーだと言っているみたいだが、あの日小川直也こそ、猪木さんが常日頃から言っていらっしゃる“闘い”や“緊張感”というモノを分かっていれば、あの日あの陣容でウチのドームに来ていなかったのではないかと思うし、小川選手があの「小川vs橋本戦」の時の緊張感を持って臨んでいれば、そうやすやすと俺達にあのポーズを阻止させはしなかったと思っています。
ただそう思う反面、俺はあの日、小川直也はたったあれだけの陣容で新日本に乗り込み、いけしゃあしゃあとあのポーズが出来るものだと思われていたのならば、小川直也も平和ボケしているし、新日本も相当なめられたものだったんだと思いました。

俺は今後、新日本でメシを食う者として、新日本を他所の誰からも舐められないモノにして、新日本のプロレスというモノを守っていきたいと思っています。

以上!

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SPIRIT R NARUSE MASAYUKI FIGHT OR DIE!
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