↑この写真は16日に撮ったもので、福山から大竹の会場への出発まで時間が
あったので、午前中から伊藤トレーナーに付き合ってもらって、『鞆の浦』という
歴史スポットへ散策へ行った時の写真です。
この『鞆の浦』という名前か付いている小さな町は、福山の駅前から出ている
バスに乗って約30分走ったところにある海沿いの町で、信号もほとんどなく、
町全体が時間が止まってしまった様な静かな空間になっていて、一歩路地に
入ると昔から受け継がれた格子戸がある古い町並みが続き、“歴史☆オタク”の
俺と伊藤トレーナーとしては、楽しくて楽しくて時間の経つのも忘れてしまう散策
となしました。

中でも今回の散策のメインイベントはやっぱり坂本龍馬関係で、実はこの『鞆の浦』
は、龍馬が亡くなる年の慶応三年(1867)に瀬戸内海で起きた「いろは丸事件」
の時に、いろは丸を紀州藩の軍艦「明光丸」に沈没させられた龍馬たち海援隊隊士
が上陸をし、滞在をした町だったのでした。

そして、この時間の流れから忘れ去られたようなこの町には、なんとその
「いろは丸事件」当時に龍馬が隠れ住んでいたとされる家屋が現存をしており、
それ以外でも紀州藩を相手に事故の賠償交渉を行った建物、
「町役人・魚屋萬蔵宅」も傷みが激しいながらも現存されており、その他にも港の方には、
沈没したいろは丸についての資料が多数展示してある「いろは丸展示館」などもあって、
俺にとっては日本中残り少なくなった、まだ訪れていない「龍馬スポット」のひとつに
念願かなって訪れる事が出来たので、夕方からの試合も忘れて本当に最高に充実した
散策をする事が出来たのでした。

ちなみに、今回訪れたこの『鞆の浦』の町には、「鞆まちづくり工房」というNPO団体
(特定非営利活動法人)があり、この団体では鞆の浦の歴史的環境のすばらしさを
次代に引き継ぎ、町並みや港湾施設、伝統的な産業など歴史的遺産を活用した
まちづくりを提案実践して活動しているのだが、先に触れた龍馬が紀州藩との
賠償交渉を行った「町役人・魚屋萬蔵宅」が近年取り壊しの危機に接したらしく、
この団体が資金を借り入れ所有者から購入をし、取り壊しは回避をされたのだが、
この建物は行政に史跡に指定されているものの、内部公開もされないまま放置
されている状態になっているので、「鞆まちづくり工房」ではこの龍馬の貴重な足跡
のある史跡を蘇らせるため、江戸期の旅籠として再現させようと考えているのだが、
その費用として一般の方々から募金をお願いしていて、今回縁があって訪れた俺と
伊藤トレーナーは、それぞれその募金に協力をして来ました。

自分としては、何年も前から幕末の物事を小説を読むようになってから知り、坂本龍馬
や土方歳三の存在に感動し、一人の人間として生きていくための様々な事を学んで
きたつもりなのだが、その同じ感動を、自分以外でも生きていくうえで何かを求めている
人たち、特に若い世代の人達が、この龍馬の足跡が残っている建物や美しい町並みを
見る事によって、何かを得るきっかけとなってくれればと思い、募金に協力をした次第
なのです。

このプロジェクトの完成はいつになるか分かりませんが、完成したあかつきには俺と
伊藤トレーナーの名前が刻まれてある陶板が家敷内に飾られるらしいです。
詳しい事は下記のホームページに行って確認してきて下さい。
http://www.vesta.dti.ne.jp/~npo-tomo/

興味を持った「まさよし日記」ユーザーの人は、わずらわしい毎日の生活に疲れたら、
機会をつくって是非行ってみそ!
と思っている、成瀬推薦の歴史スポットでした。

以上!

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