南三陸町を後にした我々は、この日の最終目的地石巻市『大川小学校』へと車を進めました。
この小学校での出来事は多くのメディアで取り上げられ、おそらく今後もこの震災を振り返る特集では必ずといっていいほど取り上げられる場所だと思います。

ここも自分は11年7月25日に立ち寄らせて貰い、同じ年の大みそかにも東松島での炊き出し後に寄らせて貰いました。

今回で三たびとなる大川小学校です。

時間は17時半を回っており、日没後の小学校は暗闇の中で静かにたたずんでいました。

去年は犠牲になった子供たちに寂しい思いをさせない様にとしたのか、校舎の中と外に電飾のイルミネーションが飾られていたけど、今年は慰霊碑の隣りに一つと電灯がいくつかあるだけになっていました。

その他に手元を照らす街灯もないので、車のヘッドライトを点けっ放しにして、用意した花を祭壇に手向けました。
三度目の大川小学校

兵庫からの『懐』メンバーにお寺の副住職が参加していたので、お経を唱えて貰い全員で手を合わせて犠牲になった方々を弔いました。

これまで五たび被災地を訪れていますが、この津波被害のあった沿岸部は夜になると、本来そこにあった筈の家々が照らしていた灯りが無くなっているため、辺りを覆う闇はその濃さを一層深くしています。

この暗闇の雰囲気は被災地独特のモノで、以前の景色を知る者からすれば、その闇は一層深く濃く見えるんじゃないかと思います。
新北上大橋横の三角地帯から見える大川小学校

大川小・正面

2011/7/25の大川小学校

大みそかの大川小学校

2011/12/31の大川小学校

成瀬昌由