戻りつつある町の様子を見て、少しずつだけど復興していると思いながらも、一つだけ心に引っかかったコト。
それは、久しぶりにこのうちあげられた漁船をみて、自分の中で「あれっ?この漁船こんなに小さかったっけ?」と思ったコトです。

ルートを間違えない様に陸前高田からナビで「鹿折唐桑駅」をセットし、目的地に近づくにつれあの漁船が目に入ると、以前の印象よりもだいぶ小さく見えてしまうコトに違和感を感じました。

「場所間違えたか?」と不安になったが、周りを見渡しても殆どの建物が無くなってしまっているこの町の中で、この漁船以外にその様な船は見当たらず、念のため車を降りて船名を見てみると、やはり間違っていないと確認するコトが出来ました。

この感覚はおそらく、一昨年に訪れた時よりも漁船の周りにコンビニや電柱が立ち、町に大型漁船が存在する違和感が薄らいだからか?と初めは思いました。

そしてその分町の復興が進んでいると思っても良いのだと思っていたけど、その反面もしこの漁船の印象が以前よりも小さく見える理由が「震災の記憶の風化」だったとしたら、この地に住んでいる人たちは毎日どんなにやるせない思いだろうと思いました。

気仙沼で日は暮れました。
2011/7/25の気仙沼
気仙沼・大型漁船

2012/12/29の気仙沼
大船戸線鹿折唐桑駅近く1

成瀬昌由