震災から9ヶ月が経とうとしている今。

現地ではあの日と同じ様な“厳しい寒さ”が訪れようとしています。
9月には避難所がほぼ全域で閉鎖となり、家々を失った方達は仮設住宅へとその居を移し、それを期に日本全国では一気に3月の“大震災は過去のデキゴト”といった雰囲気に包まれた気が自分はしていました。

しかし実際には物資の支援から、心のケアや就労・経済的なケアが必要になっている段階になりつつある中で、国の集計では6月〜9月までの間で震災関連の自殺者が、分っているだけで38人も出てしまっているそうです。

震災を生き抜いた被災者を今追い込んでいるのは、リストラや借金などの経済問題のほかに、暮らしてきた場所や大切な人や物を失ってしまった喪失感だと言われています。

また特筆するのは、自殺をした殆どの人が独居ではなく、家族や近くに友人が住んでいる人だったそうです。

東北に事業所を持つ友人のOさんは、

「我々東北の人間は、震災が過去のモノとして忘れられてしまう事が一番寂しいし悲しい事です」

とおっしゃっていました。

そんな過渡期になりつつあったこの夏に、自分がどれだけお役にたつ事が出来るか分らないままだったが、再び被災地に今度は子ども達を連れて行けた事は、自分にとっても本当に貴重な経験が出来たと思っております。

第一に

「被災地で何かお役に立ちたい」

という想いがあったが、それと同時に被災地に立ち、被災された方たちとふれ合い、生の声を聞くことで、命の大切さといま在るありがたさを学ぶ大切な機会となりました。

これは一緒に行った子ども達も同じだったと思うし、これから出番をむかえる子ども達が、次に“何か”が起こった時に、“支持待ち人間”にはならず、自分で考え行動できる大人になってくれるのでは・・・と願い思っています。

被災地で大切な事を学ばせて貰った自分達が出来る事は、現地で見てきたこと感じたことを少しでも多くの人に話し伝え、被災地と被災者の方たちの事を忘れさせないというコトだと思うし、そういった行動も立派なボランティアの一つだと考えています。

この国では、チャリティーやボランティアといったコトは、何か特別なことというか・・・、富者が貧者に施しを与えるようなイメージがある様な気がするけど、決してそういったコトではなく、どんな立場の人でもそれぞれが出来る範囲の事で良いから、困っている人がいたら救いの手を差し伸べ、その時出来ることをする。

という、ごくごく普通の考えで、被災地に想いを馳せるのが大切なのではないかと思います。

微力だとは思うが、少しでも多くの人が被災地のことを忘れないというそういったことの積み重ねが、現地の復興に繋がっていくのではないかと思うし、そうしていかないといけないと思います。

永く続いてしまった夏の支援活動のお話も、今日のBlogで一度締めたいと思いますが、引き続き被災地や震災関係のお話は書いていきたいと思っていますし、現在噂されている『第4回・・・』の支援活動についても、また何かしらありましたら、ご報告させて頂きます。

ここにあらためて、3月の震災で亡くなられた多くの方々のご冥福を祈ると共に、その後も大変な生活を余儀なくされている被災者の方々、福島の原発事故被害者の方々に、心からのお見舞いを申し上げます。

また、このBlogを読んで頂いている方々には、遅々として進まぬ内容をいつも読んで頂き、まことにありがとうございます。

このBlogを読んで、少しでも被災地のことを忘れずに思いを馳せて頂けたら幸甚に思います。
I will pray for you

4月・7月と活動を経て、それなりに手応えを感じつつも、充実感とは程遠く、非日常が日常となってしまった地では、自分のチカラの無さを痛感するばかりです。

頑張って生きます!!

成瀬 昌由